ルールと褒美 ─ 人を動かす本当の力 学びの時間 2026.01.17

このレポートは、「学びの時間」の中で行ったスーパーバイズの内容の一部をまとめたものです。

(「学びの時間」とは、NPO法人クリオネの家が会員向けに行っている勉強会です。)

多様な考えを持つ人が集まる社会には、

たくさんのルールが作られます。

 

しかし、ルールが増えすぎると息苦しさを感じるようになり、

守らない人や知らない人が出てきます。

 

では、そもそもルールは何のために作られるのでしょうか。

 

それは、

多様な考えを持つ人が集まったとしても、

同じ方向を向いてもらうためです。

 

そして、ルールが役に立つのは、

「そのルールがある社会の一員である」と思う人の集まりであること。

つまり「集団の一員であるという意識」が必要です。

 

年齢、学力、趣味、思考、目的など、

多様な中にも同質なところがあるから、集団として動けるようになります。

 

しかし、すべての人がそのルールを守るわけではありません。

すべてが同質ではないため、もめごとが起こります。

 

これを解消するために「集団のルールを守らない人に罰を与える」

こういったルールが新設されることがあります。

 

でも、これがうまくいくのは稀なこと。

 

なぜルールを守らなければならないのか。

その理由が「罰を受けるから」だとしたら、

「見つからないようにやればいいじゃん」と、

安易な考えを持つ人が出てきてもおかしくありません。

 

多様な考えを持つ人が集まったとしても、

同じ方向を向いてもらうためにルールが作られているのですから、

本来は、同じ方向を見続けた人にご褒美があってもいいくらいです。

 

飲酒運転やいじめがなくならないのは、

こういったことが影響しているのもしれないと考えさせられてしまいます。

 

話はちょっと変わって、

昭和の成績表には、

クラスの中でみんなのために頑張っていたことや、

先生から見たいい行いやいいところが必ず書かれていました。

悪いところを書く先生もいましたが…

 

親が子どもの世話をしているうちは、

親が家庭内のルールを作るのは当然のことです。

(それが学校であれば先生がルールを作ります)

 

ただ、子どもは完全にルールを守ってはくれません。

そんなとき、ルールを守らないことばかりを指摘していたら、

子どものやる気はそがれていきます。

 

悪いところのフィードバックしかなければ、

やる気が起こるはずもありません。

 

周囲の人からのフィードバックは、

自分が集団の中でどう見られているか(自己イメージ)を作っていきます。

 

本当は「○○な人に見られたい」という思いがあったとしても、

周囲からのフィードバックに影響を受けて

「どうせ私は○○だから」と自分のキャラを根付かせてしまいます。

 

「○○な人に見られたい」。

これがあるだけで、その人の振る舞いや言動は変化します。

 

たとえ「どうせ私は○○だから」と、

自己イメージが固定化してしまっていたとしても、

 

「どんな人に見られたい?」と、

見られる自分を再設定できるといいのかなと思います。

(星野伸明)

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